観音様登場 超入門般若心経2
今回より「般若心経」の本文に入っていきます。
本文の上に書いてある番号は、行番号です。
こちらをガイドに解説していきます。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五藴皆空 度一切苦厄
まずは一行目から。
前回と同じようにそれぞれ単語に分けて説明していきます。
一行目は次のような単語に分けます。
「観自在菩薩・行深・般若・波羅蜜多・時・照見・五藴・皆空・度・一切苦厄」
読み方は次の通りです。
「かんじざいぼさつ・ぎょうじん・はんにゃ・はらみた・じ・しょうけん・ごうん・かいくう・ど・いっさいくやく」
です。
観自在菩薩(かんじざいぼさつ)
「観自在菩薩」は「観世音菩薩」すなわち「観音様」のことです。
観音様は印度の言葉で「アベローキジヴァナ」といい、翻訳の違いよって「観自在菩薩」となったり「観音菩薩」となったりします。
ここでは余り細かいことにこだわらず、観音様は「観自在菩薩」と「観音菩薩」の二つの名前を持っていると思って下さい。
行深(ぎょうじん)
「行深」の「行」はそのまま「いく・行う・行ずる」それから「修行」 の意味です。
「深」もそのまま「深く」という意味です。
つまり「深く行っている」「行を深くしている」となります。
般若(はんにゃ)
「般若」は「智慧」です。
前回も出て来ましたね。
(詳しくはこちらをご覧下さい)
波羅蜜多(はらみた)
「波羅蜜多」も前回出て来ました。
(詳しくはこちらをご覧下さい)
意味は、「悟りの世界へ渡る」「悟りを開く」です。
時(じ)
「時」は「とき・時間」。
そのままの意味です。
ここまでで、つなげてみます
「観自在菩薩」 = 「観音様」
「行深」 = 「深く行っている・行を深くしている・修行」
「般若」 =「智慧」
「波羅蜜多」 = 「悟りの世界へいく、悟りを開く」
「時」 = 「とき}
これらをつなげると
「観音様が、智慧によって悟りを開く修行を深く行っている、その時に」となります。
照見(しょうけん)
「照見」は読んで字のごとく「照らして見る・明らかに見る・はっきりと見る・明らかになる」という意味です。
五藴(ごうん)
「五藴」は、「心」そして「心を五つの要素に分けたもの」のことです。
(「五藴」については色々意味のとらえ方がありますがここではこのように捉えます)
五つの要素とは「色・受・想・行・識」です。
「五藴」の考えは心理学に大きな影響を与えたといいます。
それについては後日ゆっくりと。
皆空(かいくう)
「皆空」の「皆」は「みんな・すべて」。
そして「空」仏教のキモで、皆さんも色々なご意見があると思いますが、ここでは「空」を「くう・空っぽ・何もない。数字でいえばゼロみたいなもの」とします。
ですので「皆空」は「みんなからっぽ」「全ては空」と言う意味になります。
度(ど)
「度」は「わたる」と言う意味です。
「度」にさんずいを付けたら「渡る」になりますね。
どこに渡るのでしょう、それは「パーラミーター・悟りの世界」です。
つまり「度」は「(悟りの世界へ渡ったので)解決した」となります。
一切苦厄(いっさいくやく
「一切苦厄」は読んでそのまま「一切(全て)の苦厄(苦労や災厄)」です。
では、つなげてみます
「照見」 = 「照らして見る・明らかに見る・はっきりと見る・明らかになる」
「五藴」 = 「心・心を五つの要素に分けたもの」
「皆空」 = 「みんなからっぽ・全ては空」
「度」 = 「わたる・解決した」
「一切苦厄」 = 「一切の苦厄」
つなげると
「心を構成する5つの要素は全て空と明らかになった、(そうしたら)一切の苦厄が解決した」となります。
すべてつなげてみましょう
本文一行目の「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五藴皆空 度一切苦厄」の意味をつなげてみると。
「観音様が、智慧によって悟りを開く修行を深く行っている、その時に。心を構成する5つの要素は全て空と明らかになった(そうしたら)一切の苦厄が解決した」
直訳的すぎるので、現代語訳風にしてみましょう。
「観音様は、悟りに行く修行・深い修行をしているその時に、心は全て空であることがはっきりとわかった。わかったとたんに苦しみや困難は全て消え去った」
本文一行目を翻訳すると、このようなことを言っています。
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